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東京高等裁判所 昭和37年(ラ)273号 決定 1962年7月17日

再抗告人 島津みさを 外一名

相手方 渡辺なつ 外四名

主文

本件再抗告を棄却する。

再抗告の費用は再抗告人らの負担とする。

理由

再抗告人らは、「原決定を破棄する。本件につき横浜簡易裁判所が昭和三十六年七月四日なした決定を取消す。相手方らの建物収去命令の申立を却下する。抗告費用、再抗告の費用はすべて相手方らの負担とする。」との決定を求めた。再抗告の理由は末尾添付の再抗告理由記載のとおりである。

再抗告人らの主張は要するに、和解調書に基く強制執行開始の要件としての債務名義の送達は調書の正本をもつてすることを要し、原決定がその謄本を送達することをもつて足るとしたのは法律の解釈を誤まつたものであるというのである。

よつて按ずるに、民事訴訟法第五百六十条、第五百二十八条第一、二項の規定によれば、和解調書に基く強制執行につき執行開始の要件として和解調書及び当事者の承継ある場合これに附記すべき執行文の送達を要するものとされているけれどもその送達の方法については別に定めるところはないから、その方法は直接に右の規定から決することはできない。強制執行が判決による場合には右の送達の方法は判決の送達に関する規定によるべきこと当然であり、この場合民事訴訟法第百九十三条第二項により正本によるべきこと所論のとおりであるけれども、このことから直ちに所論のようにその他の債務名義に基く強制執行においても、民事訴訟法第五百二十八条により執行開始の要件としての債務名義の送達は判決と同様正本によるべきことが要求されていると解しなければならないとは考えられない。けだし送達については民事訴訟法第百六十四条第一項により別段の規定ある場合を除く外送達すべき書類の謄本によるものとされており、判決の送達についていえば、前示民事訴訟法第百九十三条第二項が右にいわゆる別段の規定に当るのであるが同法第五百二十八条の規定は送達の方法に関する別段の規定にあたるとはいえないからである。

ただ和解調書は確定判決と同一の効力を有するのであるから一般にその送達の方法についても判決に準じ民事訴訟法第百九十三条第二項により正本によるべきであるとの議論も考えられないではなく、少なくとも正本によるを妥当とするといえようけれども、民事訴訟法第五百二十八条第一項により執行開始の要件として債務名義の送達が要求されているのは、債務者の利益を保護するためその執行がいかなる債務名義に基くものであるかを予知せしめようとするものであること原決定の説くとおりであるから、その趣旨は必ずしも正本によらなければ全うし得ないものではなく、民事訴訟法第百六十四条第一項による謄本の送達によりその目的は十分に達せられるものと考えられる。

以上述べたところによれば、民事訴訟法第五百六十条、第五百二十八条第一、二項による和解調書及び当事者の承継ある場合の執行文の送達についても民事訴訟法第百六十四条第一項の適用が排除されるものではなく、かつこの場合送達の方法に関し右規定にいわゆる別段の規定は存しないとみられるので、その謄本による送達を前提とする本件強制執行を執行開始の要件を欠く達法のもとするのは妥当でない。なおこの理は当事者に承継のある同条第二項の場合についても異るところはないから必しも和解調書の正本に執行文を附記してこれを送達しなければならないものではない。

よつて原決定には法令の違背があるということはできないから、本件再抗告はこれを棄却すべきものとし、主文のとおり決定した。

(裁判官 梶村敏樹 室伏壮一郎 安岡満彦)

再抗告理由書

原決定は決定に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。すなわち、原決定は民事訴訟法第五六〇条、第五二八条第一項の執行開始の要件としての債務名義の送達は必ずしもその正本の送達あるを要せず同法第一六四条第一項によりその謄本の送達あるをもつて足りるとしたうえ、再抗告人らに対しては昭和三六年六月九日承継執行文付与の和解調書謄本が送達されたことを認めることができるから、再抗告人らに対する執行開始の要件としての債務名義の送達は右をもつて足りるとして再抗告人の即時抗告を棄却したものである。

しかしながら、強制執行において、債務名義が判決の場合には債務者に対しその判決を送達することを執行開始の要件とすることは同法第五二八条第一項に規定するところで、同条にいう判決の送達とは、判決正本の送達を意味するものである、なぜならば、同法第一九三条第二項において、判決を送達すべき場合にはその正本を送達すべき旨を規定しているのであるから、同法第五二八条の判決の送達なる規定は同法第一六四条第一項の別段の規定のある場合であつて、正本を送達しなければならないものである。和解調書は同法第二〇三条により確定判決と同一の効力を有するものとされるうえ、同法第五二八条の規定は同法第五六〇条の規定により和解調書を債務名義とする場合に準用されるのであるから、和解調書にもとづき強制執行をするためには同調書正本を債務者に対し送達することを必要条件とするというべきである。にもかゝわらず、債務者の利益を害しないからとの理由で謄本の送達で足りるとした原決定は右各法令の解釈を誤り、しいては、再抗告人の抗告を棄却した違法がある。

のみならず、同法第五二八条第二項の場合には判決もしくは和解調書正本に付記する執行文を承継人に送達することを要するのであつて、執行文は同法第一六四条第一項により謄本をもつて足るとしても判決もしくは和解調書正本に執行文を付記しなければならないのであるから原判決にいうように和解調書の謄本に承継執行文が付記されており、それが再抗告人らに対し送達されたとしても、同法第五二八条第二項にいう執行開始の要件をみたしていないのであるから、この点からも原決定には法令の解釈を誤り、しいては再抗告人らの抗告を棄却した違法がある。

よつて、再抗告人らはこゝに再抗告する。

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